兎に角

溜め込まないでシンプルに♪ リウマチからの気づき

オレンシアの日

今月始め、リウマチで整形外科に行ってきました。

血液検査の結果も特に問題ないとのことで

診察は3分もかからなかった・・

 

薬の処方箋は

リウマチの自己注射オレンシア

骨粗しょう症予防のビタミンD

 

以前、担当医師に

「スージーさんのリウマチは、燃え尽きたんでしょうね・・」

と言われたことがある

2年くらい前かな・・

 

人工関節の手術後、退院してしばらくして

全身に湿疹が出て、大変な目にあったことがある

10年も前のことだが・・

薬の副作用だと言われたが

それがきっかけで、体の中に溜まっていたものが

ぞろぞろと体表から吹き出しているという感じがした

症状はどんどん酷くなり再入院するにまで至った

いったん治まったが、退院した後は、アトピー皮膚炎状態になった

そして、それは2年ほど続いてようやく治まった

 

あれが、リウマチが燃え尽きたってことだったのか

と自分では思っている

 

だが、完璧にリウマチがなくなってはいないらしく

10日に1回ほどオレンシアを自己注射している

 

これ高いんだよね・・

医療費助成で助かってますが・・

いつまでするのかな・・

ただただ暑い!

ほんとにお久しぶりです。

無事に生きてます。ありがたいことに。

 

去年の10月以来ですね

あれから、いろいろありましたが、基本的には何も変わっていません

職を変わりましたが、まだほそぼそと仕事してます

リウマチの方も、特に変化はなく、2ヶ月に1回の通院してます

故郷の母も、コロナ禍の中、特に変化なく無事に過ごしてくれてます

93歳になりました

そして、母との面会もできるようになり

月に1回ほど帰省してます

 

部屋の断捨離、心身の断捨離

暑さを理由にして、、なかなか進みません・・

 

一昨日、美容院に行きました

髪を切って少しさっぱりしたかな・・

真夏の表参道、外人さんが多かった・・

地下鉄から出て見上げると

あっついけど、木々の緑と空の青、なんだか沁みたわ・・

今はもう秋・・

7月に、母が入っている施設から

母が転倒したという連絡があった

日曜日だったため翌日病院で診てもらい骨折がわかった

大腿骨の付け根の骨折

入院して手術をすることに・・

 

7月25日のことだ

そこから私の帰省ラッシュが始まった

次々と展開する状況によって

8月、9月と毎週のように東京と九州を往復した

 

そして、気がつけば

もう秋・・

母の状況も、私の心境も

おかげさまで、

ほんとうに、

いろいろな方たちのおかげさまで、

やっとどうにか落ち着くことができた

 

忘れないうちに

振り返って、整理することにしよう

少しずつ・・

 

腹八分目

腹八分目が身体にいいということは十分承知しているけど

 

私にとってこんなに難しいことはない

 

いつもお腹いっぱい食べなきゃ満足しない

 

腹十二分目くらいまで食べて満足する

 

たらふく食べたあと、いつもの自己嫌悪に陥りながら

 

ふと、断捨離を思い出した

 

もしかして同じじゃない?

 

いっぱい持つことで満足したいこと

 

お腹いっぱい食べなきゃ満足できないこと

 

そっかー!そうなんだよ!

 

身体も部屋もスッキリしないのは根っこは同じなんだな・・

 

 

薬嫌いな人から勧められて試したらとても良くておすすめです。 蓋を開けると薬草の香りがしてホッとします。 「大腸内を善玉菌優位な環境に整え、乱れがちな便通を改善します」 これホントでした(笑)


バイブルにしたいと思った本

読みたいと思ったら

すぐに本を買ってしまっていたが

それもまたすぐにブックオフに出すことになるので

図書館で借りて読むことにしている

ここ一年くらいはそうしてます

 

・・が、

借りて読んだら返さなくてはならない・・

これはぜひ手元においておきたい

と思う本もあるので

そういうときは結局買っています

 

最近買った本は

中村メイコの「大事なものから捨てなさい」です

これがものの捨て方の本、だけではなかったんですね

副題で「笑って死ぬための33のヒント」とある

 

読んでいて

「ほんとにそう!」「私もそう思う〜!」

と小気味よかった。

これは手元において、バイブルにしよう!

とさえ思えました(笑)

 

どんなところがそう思えたかというと

たとえば

「健康のことばかり考えていて楽しいですか?」

のページ

『どこも痛くないのに内視鏡で胃や腸の中を見たりCTで肺を、MRIで脳を検査して、わざわざ先に病気を見つけようとする。お医者さんも検査結果を片手に「この数値が高い」「節制をしないと大変なことになる」と大げさに脅してくる。』

ー「大事なものから捨てなさい」より引用ー

つまり、年をとれば衰えてくることは明白で、あら捜しをすれば良くないところは必ず見つかるわけです。小さな癌だって見つかるでしょう。それを告知されて、気は滅入るし、残りの人生が治療に振り回されることになるかもしれない。それはまっぴらごめんだ、と書いてあるのです。

ほんとにそう思います。

 

実際、86歳で亡くなったおじは、亡くなる1年半前までいたって元気でしたが、たまたまレントゲン検査で肺にがんがある事がわかりました。

元気にしているのだからそのままでいい、と私は思いましたが、本人や家族は手術を希望したのです。手術は成功したと医師は言い、本人、家族も納得していましたが、体にメスを入れたおじは一気に弱っていきました。結局、状態は良くならずに亡くなったのです。

 

モヤモヤとしていましたが、メイコさんのようにはっきりと書いてくださるとスッキリします。

 

今夜はこのへんで!

お久しぶりです!

前回の記事で母のこと書いてますけど

母は誤嚥性肺炎で入院して退院したあと、もうケアハウスには戻れす

介護老人介護施設に入所してます

 

ZOOMで2週間に1回面会できてます

 

やっぱり、直接会えないのは、なんだろう、寂しいね・・

 

昨年の秋、母の弟である叔父さんが亡くなり

つい先日、その弟の妻である叔母さんが亡くなりました

 

ふたりとも80歳代でした

 

おじはもともととても元気でしたが、最後の2年間は、病との戦いで、最後はトイレで倒れてそのまま逝ってしまいました

おばは、5,6年前から認知症が出てきて、最後の2,3年はもう別の人でした

とても美しく、明るく、優しく、みんなに愛されたおばだったのに・・

 

 

親戚関係はみんな長生きだったけど

高齢者は私の母ともうひとりおばが残るのみとなりました

 

最近、死というものを、ほんとに考えるようになりました

死をどのように迎えるか・・

 

私ももう高齢者

死はとても身近なことです

 

では、また!

 

 

母、入院・・

先週、火曜日、8月24日だったな・・

朝からケアマネさんから電話があった

母が熱があるとのこと

結局、母は誤嚥性肺炎とのことで、入院したらしい

 

母には帰省もできず、ずっと会えていない

ケアハウスに入っている母に、だから、毎晩電話をかけて話すようにしていた

少しでもボケないように

15分間から20分間くらいかな・・

話しても話しても、母の記憶には残らない

でも、私のことはわかっていてくれている

だからそれだけでも、よかったんだ・・

最近は、必ず最後にこう言うことにしていた

「おかあさん、大好きだよー」

なかなか恥ずかしかったが、言ってみたら自分でも胸がスーッとした・・

 

入院してしまって電話ができず話せなくなった

病室で、どうしてるんだろう・・

きっと、わけが分からず、いろんなことますます忘れていくんだろうな・・

「おかあさん、大好きだよ」

テレパシーを少し信じている・・

母がどんなになっても、たとえ何もかも忘れたとしても

母であることに変わりはない・・